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こころパン

聖書と、たわむれる時。

キリスト・ロス?

“あなたの若い日に、 あなたの創造者を覚えよ。 わざわいの日が来ないうちに、 また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。”
(Ecclesiastes 12:1 SHINKAI)
 
NHKで放送していたドラマ「真田丸」や、火曜日夜の楽しみだった「逃げ恥」が相次いで終了して「◯◯ロス」なんていう人たちが溢れている。
◯◯ロス」というのは、熱愛するドラマの放映が終わったり、またはその登場人物が死んだりして、大きな喪失感を味わっている状態。
 
で、考えてみた。僕は「キリスト・ロス」になったことはあるかなと。
 
ないんだ。
 
確かにない。
キリストにもうお会いできない、ことばが聞けない、その臨在に触れることが永久にできない。
ということがない。
今日も明日も、いつでも一緒であり、キリストが登場する物語や歴史は今も世界中で僕の周りに起こっている。
その「番組」(ドキュメンタリー?それとも生放送の現場中継?)は決して終わらない。
 
でも、仮に、僕がキリストを知らなかったら「みくり・ロス」を埋めようと、次の楽しみ、次の楽しみを見つけようと必死になっているかもしれない。
そしてやがて年老いて「何の喜びもない」という日々を送ることになるのかも。
 
結論。
早めに、若いうちに、できるだけ若いうちにあなたの神、あなたの救い主、「ロス」など決して与えないお方、イエスキリストを心にお迎えしよう。
あなたがイエスさまを「ロス」にさせないようにね。
 
 
ところで紅白でガッキーは「恋ダンス」を踊ってくれるかな。この「独身のプロ」と一緒に。

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