こころパン

聖書と、たわむれる時。

「神の書物」に書いてあること。

“あなたの目は胎児の私を見られ、
あなたの書物にすべてが、書きしるされました。 
私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。”
(Psalms 139:16 SHINKAI)
 
神さまは私のことを、私がまだお母さんのおなかに住んでいた時からずっと見ていた。
そして私のこれからのことが、神さまの書物に書いてある。
どんなことが書いているのだろう。
私が好きになる食べ物、大きな怪我をしてしまう日時、受験する高校、大学、そしてどこ合格するか。就職する会社、どんな恋愛して、どんな別れをするのか。そして誰と結婚するのか。
そんなことがずらっと書いてあるのだろうか。
 
ぼくは、ちょっと違う気がする。
ノートに書いてあるのは、互いに愛し合うために、あなたがどのように悩み、喜び、苦しみ、励むのか。
誰があなたに忠告を与え、またあなたは誰を助け、いつどんなみことばに出会い、結論にたどり着くのか。
結婚のために誰を選び、誰を除外するのか。あなた自身も誰から除かれるのか。
神の愛に応えるために、何を進んで手放したのか。賜物をどのように用いるのか。
そしてすべてのためにどのように祈り、戦うのか。
ぼくはそんなことがたくさん書き記されているような気がする。
 
なぜなら、神さまにとって関心があるのは、結論よりもそこにたどり着くまでの過程だから。