こころパン

聖書と、たわむれる時。

神の望み。

「それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行いの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。人が義と認められるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。」 (Rom 3:27-28)


「自分が嘘をつくこと、万引きをしたことがあること、親友の悪口を言ったこと。またお酒を飲んで酔っ払ったことがあること。性的な罪を犯したこと。そういう類の罪のことを一度すべて忘れてしまいなさい。自分を吟味するというはただこれである。
私は全身全霊をもって神を愛しているだろうか。
もしそうでないならあなたは罪人である。私たちは神を愛しているか。イエス・キリストは私にとって最も大切で現実的なお方である。神自身を知っているか。イエス様との交わりを喜んでいるか。彼が自分の生活と全人格の中心になっているか。最も大きな喜びの源となっているか。神はそのことを望んでおられる。」

                           

                                  (ロイドジョーンズ『霊的スランプ』56頁、聖書図書刊行会)

 

(2016年6月15日)