2016-11-01から1日間の記事一覧
「【主】の日はすべての国々の上に近づいている。あなたがしたように、あなたにもされる。あなたの報いは、あなたの頭上に返る。」(オバデヤ15) ガチで傲慢な人は、自分がそうだとはわからない。ある日の自分にこう言う。「憎む者は憎まれ、追い出す者は追…
「あなたが鷲のように高く上っても、星の間に巣を作っても、わたしはそこから引き降ろす。主の御告げ」(オバデヤ4) ゴールを決めると、ひざをついて神に祈るサッカー選手がいた。あれは単なるパフォーマンスではない。信仰からくる極めて実践的な知恵だ。…
「 私の神。どうか、このことにおいてもまた、私を覚えていてください。そして、あなたの大いなるいつくしみによって私をあわれんでください。」 (ネヘミヤ13:22・新改訳) きつくてもやり遂げた時、自分をほめよう。犠牲があってもやり遂げた時「神さま、な…
「 そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」 (ヨハネ 8:11) 宣言「わたしもあなたを罪に定めない。」命令「行きなさい。」警告「今からは決して罪を犯してはなりません。」 ねぇ、…
「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。」 (ネヘミヤ12:43) 「そんなことをしたら、バチが当たるよ…
そこでイエスは言われた。「十人きよめられたのではないか。九人はどこにいるのか。神をあがめるために戻って来た者は、この外国人のほかには、だれもいないのか。」(Luk 17:17-18) ある日、傷つき疲れ果てた小鳥が、野の一本の樹の枝にとまった。樹はその小…
「聖なる都にいるレビ人は合計284名であった。」(旧約・ネヘミヤ記11章18節) ※レビ人=神殿に仕えることを専門とする人々 2430年ほど前、当時の「聖なる都」エルサレムは不便でもちろんセブンイレブンもファミリーマートもない。その上、ちょっと危険な場…
「こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。」(創世記3章24節) 「拒絶される」ことほど、きついことはない。たましいが急激にやせ細っていくような思いだ。炎の剣は今も輪…
まことに、神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする。 (エゼキエル34:11) (「わたし」=神、「羊」=人間) 神さま、私を捜し出してくださってありがとうございます。私の羊飼いである主の御名はほむべき…
人は言った。 「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。 これを女と名づけよう。 これは男から取られたのだから。」(創世記2章23節) ぼくはこのアダムの言葉が好きだ。表現としてはぜんぜんイケてないけど、それは文化の違い。何よりこの舞い上が…
「主よ。 兄弟が私に対して罪を犯した場合、 何度まで赦すべきでしょうか。 七度まででしょうか。 」‥「七度まで、 などとはわたしは言いません。 七度を七十倍するまでと言います。」(マタイの福音書18章21、22節) ぼくには、心から赦していない人がいる…
「しかし、 ひと息つくと、 彼らはまた、 あなたの前に悪事を行いました。そこで、 あなたは彼らを敵の手にゆだねられ、 敵が彼らを支配しました。 しかし、 彼らが立ち返って、 あなたに叫び求めると、 あなたは天からこれを聞き入れ、 あなたのあわれみに…
「‥とこしえからとこしえまでいますあなたがたの神、 【主】をほめたたえよ。 すべての祝福と賛美を越えるあなたの栄光の御名はほむべきかな。 」(ネヘミヤ9章5節) 悔い改めの後に、人々は祈りました。その祈りは、御名の栄光を賛美することから始まりまし…
「それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行いの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。人が義と認められるのは、律法の行いによるのではなく、信仰に…
「こうして、民はみな、行き、食べたり飲んだり、ごちそうを贈ったりして、大いに喜んだ。これは彼らが教えられたことを理解したからである。」(ネヘミヤ8章12節) 神のことばによって教えられたことを喜んで、美味しいものを分け合って食べる。教会の「美…
私は、とぼしいことがありません。 (詩篇23篇1節b) (2016年6月13日)
「私たちの敵がみな、これ(城壁が完成したこと)を聞いたとき、私たちの回りの諸国民はみな恐れ、大いに面目を失った(力を落とした)。この工事が、私たちの神によってなされたことを知ったからである。」 (ネヘミヤ6章16節b) 大いに凹んだことも、うちわ…
「ああ、今、私を力づけてください」(ネヘミヤ6章9節b) 人のしっと、上から目線、敵意、そんな心が自分に向けられることがある。 クリスチャンなら信仰によって動じることはない、なんてことはない。けっこう凹む。 悪くもない自分自身を責めたりする。主…
こころのパン(早朝Skype祈祷会より)「しかし、私は神を恐れて、そのようなことはしなかった」(ネヘミヤ5章14節c)「それでも私は、この民に重い労役がかかっていたので、総督としての手当てを要求しなかった」(ネヘミヤ5章18節c) 神さま、あなたは私たち…
「私は十分考えたうえで、おもだった者たちや代表者たちを非難して言った。」 (ネヘミヤ5章7節a) 言わなければならない時がある。心が「言い返せ」と叫んでいることがある。そういう時、決して感情に任せるな。短くても心の中で祈ろう。「くちびるをきよめて…
今日のみことば(教会の早朝祈祷会)「城壁を築く者たち、荷をかついで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を固く握っていた」(ネヘミヤ4章17節) 仕事や学校のいつもの日常の中に、心乱されることが突然に起こることがあります。 その時のために、…
「その人は、水路のそばに植わった木のようだ。 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は何をしても栄える。」(詩篇1篇3節) 「その人」とは、主イエスを選んだ人のことだ。 その人は勝っても負けても実はなるし、うまくいってもどじっても実がな…