こころパン

私は口からのパンだけでは生きられない。心にもパンが欲しい。

マネージャーはいらない。

突然ですが、私はAppleMusicを利用しています。

最新の曲や、欧米の讃美歌が結構聴けるので重宝しています。

 

が、

 

どうも気に入らない。

私はこの音楽ストリーミングサービスをうまく利用しながら気に入らない。

音楽の作り手と聴き手との間に「マネージャー」が入ってくる。

この「マネージャー」は契約を止めれば、聴いている曲を根こそぎ持ち去ってしまう。

作る者と聴く者との本質的な関係が、そこにはない。

 

ではその「本質的な関係」とは何んだろう?

単に売る側と買う側の関係?それは違うと思う。

作り手のが送り出す世界を、私が受け止め、浸る。そこに活力、癒し、慰め、励まし、解放、啓蒙が生まれる。私はそれを望んでいる。

ならば「マネージャー」が仲介しても構わないはずだが。

 

でもこいつはけっこうな権力を持っていて、彼の都合によって曲がいつでも持ち去られてしまう漠然とした「不安定さ」を私に与える。

iPhoneにDLしても、いつのまにか雲マークになっている苛立ち。そしてまた取り返すことの繰り返し。

世界が配信されてはこっそり持ち逃げされる。

このマネージャーは世界が「あなたのものではない」という現実を繰り返し突きつける。その世界の所有権は、あなたには無いという現実を繰り返し突きつける。

私が契約したいのは「マネージャー」とではなく、作り手とである。どっか行けよマネージャー。

 

そもそもあの雲マークは一体何なのだ。脅しか。

どうでもいい人

大学生の頃、仲間内でこんな言葉が流行ったことがある。
ある女子が言う。


「山口さんていい人ね。斉藤さんもとってもいい人ね。2人合わせて、どうでもいい人ね」


どういう意味かって?

忘れた笑。

おそらく、平均的な良い人よりも、何か強烈な個性を放っている人の方が魅力的、そんな意味だったように思う。

でもそーゆー強烈な個性とは、平均的な良い人よりも欠点だらけで、人を傷つけてしまうことだって少なくない。

でもその人の良いところは強烈に光る。
人に対しても自分自身に対しても、欠点ばかりに目がいって、つまらない人間のように見てしまってないか。

人のある部分だけを見ない。
全体を見る。
その人が生きてきた10数年間も想像してみる。
そうやってやっと1割ぐらいはその人を理解できる。

"自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。"
コリント人への手紙 第一 8章2節

牧師

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今度の日曜日は中学生高校生のための歓迎礼拝があります。昼ご飯付き。
みんな来てね。

そこにある助け。

北海道のクリスチャンは何故か人に頼るのが上手い。

自分だけではやり切れないと分かると、早めに助けを船を要請する。

あなたは、割り当てられた役割を自分一人でやろうとして、ギリギリになって

「もうだめだ」

と根を上げて周りに大迷惑をかけてしまうなんていうことをしたことはないかな。

それは結局自己達成感を得ようとしての失敗だ。

それよりも周りの助けを借りながらやり遂げる。その方がずっと気持ちいい。

 

"神はわれらの避け所また力。苦しむときそこにある強き助け。"
詩篇 46篇1節

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どこに誘惑がある?

誘惑は避けたい、逃げたい、負かせたい。

自分の家に戻ってきて、さあ安心。

安全に好きなことをやろう。

 

いや

ひょっとして自分の部屋が一番誘惑の巣だったりして。

マンガ、ゲーム、TV、SNS、やりたい放題。

自分の部屋は自分の欲が一番出るところ。

自分の部屋から捨てるもの、他の場所に移すものを考えてみよう。

 

"人が誘惑にあうのは、それぞれ自分の欲に引かれ、誘われるからです。"
ヤコブの手紙 1章14節

 

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美味しい風

台風24 号の時、凄い風が夜中に吹き荒れたよね。皆さんのところは停電とかしなかったかな?

夜12時ごろ怖いもの見たさで窓開けてみた。

(良い子の皆さんは真似しないように)
暗闇の中、風が唸っていた。轟々と音を立てている。
でも息を大きく吸ってみた。
美味しい空気!
えっ!て言うくらいう美味しい!

この空気の何%かは南シナ海の空気なんだろうな。
それが横浜に吹き荒れて、すべての空気を新しくしてくれている。

そのように、キリストも私たちの心を新しくしてくれる。風はキリストから吹いてくる。

 

"古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。"
コリント人への手紙 第二 5章17節

眼力

保釈された吉澤ひとみ容疑者の「眼力」は一体どこから来るのだろう。
心から罪を悔い改めたからか。

それとも単にやせたからか。
神はすべてを知っておられる。

「…人はうわべを見るが、主は心を見る。」
サムエル記第一16章7節

息を吸って、神の恵みを思い起こす。

"敵は私のたましいを追いつめ

私のいのちを地に打ちつけ

死んで久しい者のように私を闇にとどめます。
それゆえ私の霊は私のうちで衰え果て

心は私の中で荒れすさんでしまいました。"
詩篇 143篇3~4節)

 

私を追いつめるもの。

締切り、決断できない、過去の失敗、一方的な責め、不完全、見えない明日、そして不信仰。

私が手でつかみたいものはすべて、指の間をすり抜けていった。

神の摂理(全ては神の良き計画によって動いているということ)が見えない。

闇の中。

そういう時は、静かにせよ。

感情任せに大きな声を出すな。苦痛に押しつぶされるな。過呼吸になるな。

息を吸って、一人で神のみわざを思い起こせ。

その恵みに包まれよう。

逃げよう。自分の霊を守るために。

次の道は必ず示される。

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